大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和45年(く)29号 決定

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の申立理由の要旨は、本件被告事件の第一一回公判期日において、裁判長裁判官中川幹郎(以下中川裁判長という)は被告人野口恒が起訴状記載の公訴事実あるいは起訴されたことについて意見を陳述中「公訴事実とは関係がない」「内容が不穏当である」として、その陳述を制限禁止し、さらにそれについて意見を述べようとする他の被告人二名を退廷させた。しかして、被告野口恒の右陳述は、同被告人の思想的な立場から本件起訴にいたる国家権力の不当な発動ならびに最近における司法機構の反動化と本件刑事公判手続の過程におけるそれらを糾弾し批判する趣旨を内容とするものであったが、その内容については既に同被告人の前に陳述した被告人古川和義が裁判官は何かという形で副次的に意見の陳述を展開したところであって、これに対しては中川裁判長は何等の制限をもしていない。ところで、本件公訴事実は、公務執行妨害、傷害という訴因を中心に、その前後に随伴した兇器準備集合、往来妨害の訴因を内容とするものであり、右公務執行妨害、傷害の客体はすべて警察官であり、右兇器準備集合の共同加害意思の対象も同様であり、また右往来妨害も前記行為の客体たる警察官の進出阻止のためのものであったことは明白であり、したがって権力、国家機構の問題を抜きにして本件公訴事実を語ることは不可能である。しかして、前記被告人野口の陳述は、少なくとも本件公訴事実における行為客体である機動隊と公正中立であるべき司法権との最近におけるゆ着現象を大学におけるひんぱんなる機動隊導入問題とパラレルで且つ深く相互に連関した事柄として提起しようとしたのである。しかるに、これを制限禁止した中川裁判長の訴訟指揮あるいはそれに端を発する法廷警察権の発動は、刑事訴訟法二九三条二項に違反し、思想表現の自由に違反し、憲法三一条、一九条に抵触し、さらにまた被告人古川和義との差別扱いであるという点において憲法一四条一項に違反する。このような不公平な切り捨て御免の訴訟指揮等の裁判をする裁判官は、刑事訴訟法二一条に該当して余りがある。しかるに本件忌避の申立は、訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明らかなものとして却下されるにいたったが、その後何等訴訟手続を進めることなしに閉廷しており、訴訟手続を早めるべき状況は何等存在せず、右却下決定はいずれの点においても違法である、というのである。

よって、まず、本件忌避の申立が理由があるか否かについて案ずるに、一件記録ことに第一一回公判調書(手続)によれば、頭書掲記被告事件の第一一回公判期日における審理の経過として、最初に公判手続の更新、弁論の分離ならびに併合が行なわれた上、検察官から第九回公判において弁護人のなした公訴事実に対する求釈明事項に対し釈明が行なわれ、つづいて中川裁判長は被告人および弁護人に対し、起訴状朗読後に行なわれる被告事件についての陳述の機会を与えたところ、被告人古川和義が約四五分間にわたって陳述したが、その概要は「我々の公判斗争は、現在の法と秩序を必死で守ろうとしている国家権力総体を実力で粉砕する斗として展開されているのであり、我々を訴え裁こうとしている検事、判事を尖兵とするブルジョア国家権力の本質を明確にするためである。我々は偶然に八・七を斗ったのではなく、いわゆる我々の身体的行為のみを切り離して刑法に照らしてみても、その背景を論じなければ断じて裁き得るものではない。神大斗争の経過すなわち我々の寮五項目要求は住吉寮生のスチーム国庫負担要求を軸に、三年間評議会の諮問機関である補導協議会との二十数回にわたる団交の中でも我々の要求は受け容れられなかった。そこで我々は学内の最高機関である評議会との団交を申入れ、一昨年の一一月二八日には一応の確約書を取付けたのに、評議会は白紙撤回をして来た。三年間の我々の確約書を一片の紙切れ同然に破棄したのだ。我々は一二月五日緊急に開かれた寮生大会で圧倒的多数をもって封鎖斗争に突入することにしたのである。さらにまた、大学そのもののあり方が現実の問題として工場化しており、大学卒という一個の商品を生産するだけの存在となっており、現実の社会も金儲けのためには人殺しもするという金だけが人間関係の唯一の靱帯となっているこの社会では、も早良心や理性での改善には限界があり、暴力こそがその限界を突破するものであると考えたから我々はやむを得ず暴力を振ったのである。この意味において我々の暴力の正当性を訴えるものである。最後に起訴状記載の公訴事実に対する認否は黙秘します。」というのであった。そこで、中川裁判長はついで陳述を予定されている被告人野口恒に対し、本件訴訟手続の進行の現段階における被告事件に対する陳述として、被告人古川が述べたような内容に類する事項は陳述しないように留意すべき旨を告げた上、陳述を促したところ、被告人野口恒は「まずこの裁判の中で何度も機動隊を背後にちらつかせながら我々に対する恫喝的な階級裁判を行なったことについて、ここではっきりと抗議する。この公判過程でもはっきりと示されているように機動隊の導入や、東大事件の欠席裁判などは、国家権力の本質を暴露する現象形態であって、このことは反人民体制の表われであり、特に東大裁判については……」と陳述するに及び、同裁判長は同被告人に対し、右陳述は被告事件についての陳述としてはおよそ関連性のない事項にわたるのみならず、措辞不穏当であるからそのような陳述をしないように制限する旨および起訴状記載の公訴事実に関連する事項の範囲内で陳述すべき旨を告げて、その陳述を制限した。このとき、傍聴席で傍聴人一名が裁判長の制止もきかず激しく発言したので退廷を命じ、これを退廷させた。そして被告人野口恒の陳述が再び続けられることとなったが、同被告人は前同様の陳述を続けたので、同裁判長は同被告人に対し発言を禁止した。ところが右発言禁止処分に対し、他の被告人らが口々に抗議したため同裁判長は被告人らに発言を禁止したところ、なおも被告人渡辺仁、同中野直弘が抗議を続けたので同裁判長は右両名に対し退廷を命じ、いずれもこれを退廷させた。その直後弁護人は、中川裁判長が被告人古川に対して裁判批判等の陳述を認容しながら、被告人野口に対してこれを制止し禁止したことは差別的な扱いであり憲法一四条に違反し、さらに本件の背景および司法制度の批判を陳述させないのは憲法二一条の表現の自由に違反し、このような訴訟指揮をする裁判長は不公平な裁判をする虞れがあるとの理由で中川裁判長の忌避を申立て、これに対し検察官は右忌避申立は全く理由がないと意見を述べた。かくして裁判長は一旦休廷を宣し、合議の上再び開廷し、右忌避の申立が訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明らかな場合に該当するとして、申立を却下したことが認められる。

以上の事実によれば、本件忌避申立の原因とするところは、中川裁判長が前示の如く被告人野口の陳述を制限、禁止した訴訟指揮権に基づく措置をとらえ、前示の如き理由でそれが憲法一四条一項および二一条に違反するとし、このような訴訟指揮をする中川裁判長は不公平な裁判をする虞れがあるというのである。

しかしながら、刑事訴訟法二九一条に定める起訴状朗読後の被告事件に対する被告人、弁護人の陳述は、陳述しうる事項について明文の規定はないが、冒頭手続としての性質上、ことに起訴状一本主義、予断排除の原則に照らしても、訴訟条件の欠如の主張、起訴状に対する釈明要求、起訴状に対する認否、争点を明確にするための陳述などに限られ、また裁判長は被告人に対し質問をすることができるが、それも右諸点を明らかにするに必要な限度にとどめるべきものであると解するのが相当であり、右の範囲を逸脱する陳述に対しては、裁判長は公判期日における訴訟指揮権、すなわち訴訟の審理を秩序づけるため合目的的活動をなす裁判所の権限、にもとづいて、これを適宜制限あるいは禁止することができるものであることはいうまでもないところである。しかして、右の範囲を越える被告人および弁護人の陳述も、訴訟の進行の段階に応じて許されるものであることは、刑事訴訟規則一九八条、刑事訴訟法二九三条、三一一条の規定に徴しても明らかである。したがって、右陳述の制限あるいは禁止が思想、表現の自由を犯し、憲法二一条、一九条に違反するとなすことはできない。これを本件についてみると、被告人野口の前示陳述の内容は明らかに冒頭手続としての前記陳述の範囲を逸脱しており、またその内容は刑事訴訟法二九五条にいう相当でない陳述に該当するものと認められ、中川裁判長がこれを制限し、禁止したとしても、何等憲法二一条に牴触するものといえないのは勿論、所論の如く刑事訴訟法二九三条二項に違反するとなすことはできない。つぎに、中川裁判長が被告人野口の前に陳述した被告人古川和義に対しその陳述を制限、禁止した事跡はこれを発見しえないことは所論のとおりであるが、同被告人の陳述は被告人中最初に行なわれたものであって、結果的には前示内容に照しもとよりこれを制限あるいは禁止することができる筋合のものであるのであるが、裁判長としては、始めてのことでもあるから、その内容がどのような内容であるか、またどのように発展しどのような結末をたどるかが判明しないので、一応そのすべてを聞いた上で判断しようと慎重な配慮のもとに陳述を制限、禁止しないということも十分にありうることであって、本件において中川裁判長が被告人古川の陳述が終了して被告人野口の陳述が始まるに先立って前示の如く注意を与えていることからも、同裁判長が右のような配慮のもとにあえて被告人古川の陳述を制限しなかったものであることが窺われ、その後に行なわれた被告人野口の陳述を制限したからといって、これが憲法一四条一項に違反するものでないことは多言を要しないところである。ところで、所論は、権力、国家機構の問題を抜きにして本件公訴事実を語ることは不可能であると主張し、その理由を縷々開陳しているのであるが、叙上説示によって明らかなごとく冒頭手続の段階における被告人の陳述としてはこれを制限、禁止することも何等違法ないし不相当となすことができず、右に反する所論は独自の見解であって採用の限りでない。

以上検討したところによって明らかな如く、前記中川裁判長の訴訟指揮権に基づく措置には何等違法の点はなく、したがってこれをとらえて同裁判長が不公平な裁判をする虞れがあるとすることは許されない。右に関する論旨は理由がない。

よって、進んで、本件忌避の申立が訴訟を遅延させる目的のみでなされたものであるか否かについて案ずるに、そもそも忌避の制度は、除斥の制度を補充し、弾力性をもたしめるための制度であって、特定の具体的事件に関しその審理を担当する特定の裁判官について、除斥原因があるときのほか除斥原因に準ずるような客観的事情、すなわち裁判官と具体的事件との間に客観的に公平な裁判を期待しえないような人的、物的に特殊な関係が存在し、これによって右裁判官が不公平な裁判をするおそれがあると客観的にみなし得るような場合に、当事者からの申立に基づき右裁判官を当該事件の職務の執行から脱退させ、もって裁判の公正を確保しようとするものであることは多言を要しないところである。そして、右制度の趣旨にかんがみると、裁判官が事件を審理する過程において行なった訴訟指揮権あるいは法廷警察権の行使など訴訟手続上の措置がたとえ一方の当事者にとってその意向に添わずあるいは見解を異にすることなどで不満を覚えさせるものであったにしても、それだけで直ちに忌避申立の理由とすることができないのはいうまでもなく、またかりに、右裁判官の措置が結果的には訴訟法規に違背することが明らかにされるような場合においてさえ、その瑕疵が他の別段の審査をまつまでもなくその違法であることが一見明白な場合で、しかも右違法な措置が、たんに法規を誤って適用したというに止まらず、同裁判官が予断偏見をもって一方的に偏頗な裁判を行なわんとする意図があることによるものと推認しうる合理的な根拠となりうる特段の情況が認められる場合ならばともかく、そうではなく右裁判官の措置を当事者側において違法もしくは不当なものと評価判断して争うような場合には、もっぱら異議の申立もしくは上訴等の不服申立の手段によるべきであって、これをもって、直ちに同裁判官が不公平な裁判をする虞れがあるものとすることはできないものと解するのが相当である。これを本件についてみると本件忌避の原因とされる中川裁判長の訴訟指揮権の行使が違法でないことは前段説示のとおりであるが、もとより別段の審査をまつまでもなくその違法であることが一見明白な場合に該当しないことは言うまでもないところであって、たんに当事者において違法と主張して争う場合に過ぎないのであるから、かかる場合はもっぱら異議の申立(刑事訴訟法三〇九条二項、刑事訴訟規則二〇五条二項)によって争うべきであり、これをもって直ちに同裁判長が不公平な裁判をする虞れがあるものとなすことができない筋合であることが明らかである。したがって、本件忌避の申立は、もともとその忌避原因に対する実体的審査をまつまでもなくそれ自体明らかに理由のないものでもあって、むしろ本来の忌避制度の使命を離れたものであるとさえいうことができるのである。

他方、一件記録によって本件被告事件の審理の経過をみると、昭和四四年八月二九日本件被告事件が神戸地方裁判所に係属して以来本件忌避の申立までに約九ヵ月を経過しており、公判の回数も一一回の公判(実質的には八回)が開かれ、人定質問、起訴状の朗読は第三回公判期日と第六回の二公判期日に、起訴状に対する釈明要求が第九回公判期日に行なわれ、既に判示したとおり第一一回公判期日において起訴状に対する釈明と被告事件に対する陳述の一部が行なわれた。そしてその間被告人らおよび弁護人は数多くの要求事項を裁判所に対し持出し、右要求が裁判所によって認められないと執拗にこれを繰返し、裁判官または裁判長からこれを制止されても従わず、そのうち傍聴人も交えて揶揄、嘲弄、罵詈をなし、遂には法廷警察権によって退廷させられるという事態を繰返していること、また第三回公判では弁護人は、中川裁判官から起訴状の朗読中の発言を禁止されたのにかかわらず、同裁判官に対する忌避の申立をなし、同裁判官はこれを不適法な申立であるとして却下したこと、第六回の一公判期日の当日弁護人は中川裁判官に対する忌避申立書を神戸地方裁判所に提出し、同公判において右裁判官がこれを刑事訴訟法二四条により却下したところ、右却下決定に対し準抗告の申立をなし、右申立は棄却されたが、右忌避申立の原因とするところは、同裁判官の訴訟指揮権あるいは法廷警察権の行使が不当であるとすることなどを内容とするものであること、さらに第六回の二公判において被告人古野健治は同裁判官が前記のとおり忌避の申立を簡易却下したことおよび同裁判官のそれまでの公判における態度が軍事裁判的であることを理由として忌避の申立をなし、同裁判官は直ちにこれを刑事訴訟法二四条により却下したこと等がそれぞれ認められる。そして右各事実を総合して考察すると、本件被告事件の審理がそれに費された日時および公判の回数に対比して著しく遅延しているものと思料され、その遅延の最も大きな原因は、被告人らおよび弁護人が裁判所に対し種々の要求をなし、裁判所においてこれを認容しない限り、裁判所の態度が不当であるとして審理に応ずるわけにはいかないといわんばかりの態度を示し、裁判所においてそのまま訴訟の進行をしようと努めるのに対し、各種の手段でこれを阻止しようとしてきたことによるものと認められ、前示の如く本件忌避の申立がその根拠のないことが明らかな理由によってなされていることを併せ考えると、本件忌避の申立は被告人らおよび弁護人の訴訟のルールを無視し、自己の主張をどこまでも押しとおそうとするための手段としてなされたものと断ぜざるをえず、したがって右忌避の申立はことさらに原審公判審理の進捗を阻止せんとする目的でされたものという外はない。

なお、所論は、裁判所は本件忌避の申立を前記のような理由で却下したにかかわらず、その後何等訴訟手続を進めることなしに閉廷し、訴訟手続を促進するような状況は何等存在しない、と主張して、原決定を論難するのであるが、前掲第一一回公判調書(手続)によれば、裁判所が却下決定を告知したところ、弁護人は即時抗告を予定しているので審理はこの程度で続行されたいと述べたが、これに対して裁判所は審理を進める旨を宣し、被告人野口に対し陳述を促がしたところ、同被告人が本件の背景を基本的なものとして述べなければこの裁判は無意味なものになるし、そのためには司法制度に対する批判を述べなければならないと思うと陳述するに至ったため、中川裁判長は同被告人に対し公訴事実に関係のある陳述をするように促したが、同被告人がこれに応ぜず、なおも発言を続けたので発言を禁止した経緯が明らかであり、右経緯に徴すると、裁判所としては本件却下決定後も直ちに審理の円滑な進行について十分努力を払っているのであり、裁判所のそのような努力が実現されなかったのは、被告人野口の訴訟のルールを無視した執拗な言動にその責を帰すべき筋合であって、これを以って原決定を非難することは的を外れた立論というの外なく失当である。結局この点に関する所論も理由がない。

してみると、弁護人からの本件忌避の申立が、刑事訴訟法二四条にいう訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかなものに該当するとしてこれを却下した原裁判所の決定は、相当であって所論の如き違法なものとなすことを得ず、本件即時抗告の申立は理由がないので、刑事訴訟法四二六条一項に則って主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 本間末吉 裁判官 原清 松井薫)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例